安倍晋三首相「大丈夫だ。彼は父、河野洋平氏とは違う」 「河野談話」を覆す切り札は息子・河野太郎外相!?>を書いたのは、あああの人か

2017.8.4 07:12更新

【始動 3×3安倍内閣・河野ショック】

安倍晋三首相「大丈夫だ。彼は父、河野洋平氏とは違う」 「河野談話」を覆す切り札は息子・河野太郎外相!? 

記念撮影を終え、笑顔をみせる河野太郎外相(中央左)と閣僚ら=3日午後、首相官邸(宮崎瑞穂撮影)

 「本当に河野太郎さんが外相でいいんですか?」

 内閣改造前夜の2日夜、首相、安倍晋三の側近は意を決してこう進言したが、安倍は耳を貸さなかった。

 「大丈夫だ。彼は父親(元衆院議長の河野洋平)とは違う。国際感覚は豊かだし、心配ない」

 とはいえ、安倍も相当悩んだに違いない。河野に「入閣内定」を告げたのは2日午後だったが、外相ポストを打診したのは2日午後11時すぎだった。

   

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 今回の内閣改造で最も難航したのが外相ポストだった。「外交の一貫性」を重んじる安倍は平成24年12月の第2次安倍内閣発足以来、岸田文雄を外相として重用してきたが、岸田は「そろそろ党務に戻りたい」との意向を崩さない。自民党政調会長茂木敏充の起用も考えたが、「経済最優先」の要となる経済再生担当相の適任者は、茂木しかいなかった。

 残る外相候補は、安倍の腹心である加藤勝信河野太郎の2人。旧大蔵官僚で安倍の下で官房副長官を務めた加藤ならば安心感はあるが、新味はない。一方の河野は英語が堪能で国際感覚は豊かだが、社会保障事業仕分けなどで歯に衣着せぬ発言を繰り返し、変人扱いされてきた。

 しかも河野の父で外相や自民党総裁を歴任した洋平は、歴史認識や東アジア外交などをめぐり、安倍とことごとく対立してきた。なぜその息子にあえて外交を委ねようと考えたのか−。

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 洋平は自民党ハト派を代表する政治家で親中派護憲派頭目だったが、外交史の汚点といえる失政を犯した。平成5年8月、官房長官だった洋平が発表した「河野談話」だ。

 この談話が国内外に「日本政府が公式に慰安婦の強制連行を認めた」という誤解を広め、今も世界各地で慰安婦像が作られる論拠となっている。

 河野談話に「強制連行」という文言はない。にもかかわらず、旧日本軍が強制連行を行ったとされるのは、洋平が談話発表の際に「強制連行の事実があったという認識なのか」と質問され、独断で「そういう事実があったと。結構です」と答えたからだった。

 20年以上経た26年6月、政府は河野談話作成過程に関する報告書をまとめ、「いわゆる『強制連行』は確認できない」としたが、洋平は談話を今も正当化し続けている。

 それだけでなく、安倍の外交・安保の政策・方針に批判を重ねてきた。第1次安倍内閣だった19年8月15日の全国戦没者追悼式典では、安倍が掲げる「戦後レジームからの脱却」を当てこすってこう挨拶した。

 「(日本国民は)海外での武力行使を禁じた日本国憲法に象徴される新しいレジームを選択して、今日まで歩んでまいりました」

それでも安倍は1期後輩の河野を目にかけてきた。平成27年10月発足の第3次安倍第1次改造内閣では国家公安委員長として初入閣させた。

 これには理由があった。

 12年頃だったか。2回生議員だった安倍の事務所に1回生の河野がぶらりと訪ねてきた。

 「安倍さんの集団的自衛権論に全面的に賛成します。安倍さんが将来、旗を揚げたら応援しますよ!」

 河野は熱くこう語り、頭を下げた。

 当時から安倍は国会などで政府の憲法解釈を変更して集団的自衛権行使を限定容認するよう繰り返し主張していたが、「跳ね返り」扱いされ、同調する議員はわずかだった。

 それだけに河野の言葉は安倍に響いた。「親父さんとは全然考え方が違うんだな…」

 その後も安倍は河野の言動を注意深く追ったが、慰安婦問題で洋平に同調したことは一度もなかったという。むしろ河野談話と距離を置きたがっているようにも見える。

 24年11月には自らのブログ「ごまめの歯ぎしり」で河野談話を取り上げたが、自身の考えは特に示さず、政府見解や客観的経緯を淡々と記しただけだった。

 25年8月、自らのツイッターを洋平と混同され、「あ、従軍慰安婦の嘘を広めた野郎だ!」と書き込まれた際、河野は逆ギレしてこう反論した。

 「俺がなにかしたか?」

それでも河野を外相に起用するリスクは大きい。安倍はどうヘッジするつもりなのか。

 一つは内閣の布陣にある。安倍の盟友で、副総理兼財務相を務める麻生太郎は河野の後見人であり、指南役でもある。官房長官菅義偉も同じ神奈川県選出で兄貴分として面倒を見てきた。もし河野が暴走しそうになっても、2人を使って押さえ込めると踏んでいるのだ。

 それでも「河野リスク」は尽きない。まず官僚に対する居丈高な物言いが心配される。

 テロ等準備罪をめぐる3月2日の自民党法務部会では「外務省はウソついたのか。無知だったのか。やる気がなかったのか。どれなんだ。はっきりしろ!」と外務官僚を罵倒した。これではやる気も萎える。

 「脱原発」も懸念材料だ。日本が非核保有国で唯一、使用済み核燃料の再処理が認められているのは、昭和63年発効の日米原子力協定があるからだが、来年に満期を迎える。河野はすんなり更新に応じるのか。

 政府開発援助(ODA)についても「半減させ、内容も大幅に変更する必要がある」と主張してきたが、これを貫けば政府内は大混乱に陥る。

河野の外交デビューは間近に迫る。6〜8日にはマニラで東南アジア諸国連合ASEAN)外相会合に出席し、米中韓などの外相会談も予定される。「河野洋平の息子」の不用意な一言は「誤ったメッセージ」になりかねない。

 対露外交では祖父で元農相の河野一郎が日ソ共同宣言に深く関わった。これが吉と出るか、凶と出るか、微妙な線だといえる。

 そんなリスクは当然覚悟の上だろう。安倍は3日夕の記者会見で「歴史認識については戦後70年談話を閣議決定している。河野太郎さんも完全に一致している」と断じた。河野も「慰安婦問題に関しては戦後70年談話と日韓合意に尽きる」と述べた。

 もしや安倍は河野談話を息子の手で見直させたいと考えているのではないか。

       =敬称略

石橋文登、阿比留瑠比)

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