極楽歌日記-2017/3/13

 日本を離れてから4年が経った。今は通信網の発達により、インターネットやe-mailでリアルタイムで日本を感じることができる。食べ物もちょっと大きな町に出れば日本食品を買うこともできる。近くのスーパーでも米、醤油、味噌、豆腐、海苔などは手に入る。テレビでもNHKワールドなるものがあり、相撲などは時間遅れでハイライトを見せてくれる。外国に住んでいてもさほど淋しさを感じなくて済む時代になっている。

 ひとりになると日本の音楽が聞きたくなる。特に昭和の20年、30年、40年代の歌謡曲をよく聞く。中学生くらいまでは歌謡曲かカバーポップス一辺倒で洋楽はあまり聞かなかった。ところが高校生になってからは深夜放送の影響で洋楽を聞くようになり、そのうち洋楽中心の音楽生活が暫く続くことになった。

 よく中年や老年に達した人が「演歌がよくなってきた」などと言っているのを聞くが、私はいわゆる演歌と言われているものはやはり好きになれない。あくまで忘れかけられている歌謡曲が好きなのだ。

 遠く日本を離れているなと感じるのがそれらの歌謡曲を聞いているときだ。そりゃそうだ。こちらが郷愁をかんじるのは今ある日本じゃないんだから。もう存在しない日本なのだ。

 洋楽でも心を掴まれるものはいくらでもある。メロディー、歌手の声、楽器の響き等々。でも歌謡曲には敵わない。それは歌詩を直接、脳で受け止められるということだ。客観的に評価をしたら総合的には歌謡曲は洋楽の歌曲に劣るだろう。今の若い日本人や外国人が聞いたら「何じゃ、これ」ってことになると思う。

 そこで暫くその日に聞いた日本の歌について書いてみようと思い立った。気まぐれなので一度でやめてしまうかもしれない。

 さきほど聞いたのがデューク・エイセスの『君の故郷』。

 歌詞を書くと著作権に違反することになるので歌詞サイトのリンクを貼ることにした。

 http://www.kget.jp/lyric/95557/%E5%90%9B%E3%81%AE%E6%95%85%E9%83%B7%E3%81%AF_%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%BB%E3%82%B9

 https://www.youtube.com/watch?v=HzE37vJKEEs

 「東京にはない」ってところは今では「日本にはない」と変えなければならないだろう。

 海、山、湖、せせらぎ、墓の見える畠などと並べ立てられるとさわやかな5月の風に吹かれてその場所に立っているような気持ちになる。これはひとつのバーチャルな旅空間だ。

 「教えてくれ」と言われているので教えようか。私の故郷は昭和30年代の東京の下町の風の中にある。まわりには野原がいっぱい。でも花は咲いていなかったから「ひとつ残らずあなたにあげる」わけにはいかない。あの野原に死んだ子猫を箱に入れて草叢にポイと捨ててきたっけ。でも箱の中には咲いていた小さい花を顔を囲むようにして置くことは忘れなかったぞ。夏は草茫々で遊べなかったけれど、秋から春先にかけては野球ができた。

 道路は舗装なんてされていなかった。雨が降ると泥濘になった。みんな長靴を履いてたな。大きな水溜りが彼方此方にできて、どこから来たのか必ずアメンボウが泳いでいた。乾きあがったあとにはアメンボウたちは見えなかったけれどどこに行ったのかな。風に吹かれて舞い上がって公園の池にでも行ったのだろうか。

 階段、崖、塀など上れる高いところがたくさんあった。そこから飛び降りるのが勇気ある男の子の挑戦だった。ブランコを揺らして一番高いところで飛び降りるのは気持ち良かった。たまに落っこちる子がいたけれど、大怪我した子はいなかった。

 辻の彼方此方で子供たちは輪になってメンコをしたり、ベーゴマをしたり、おままごとをしたり、石蹴りをしたり。小さなギャングたちは肩をそびやかすように我が物顔だった。

 僕の故郷はそんなところです。

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