あなたの負う責任

「すべて巻き戻すからなかったことにして、これ以上この話はするな」というのであれば、

それはまつりごとにあたってはあまりに没義道だ。

そして、それを許す国民がいれば、そあまりにもまつりごとに対して無責任だ。

それは、国を愛することとは対極にある。

親が子を愛するとき、子が道を外したときはそれを叱る。

子が親を愛するとき、親が道を外したときはそれを諫める。

その時に、子が親を、親が子を咎めるのは、愛さないからだろうか、敵対する意図からだろうか?

否!

本当に愛していればこそ、道を踏み外さないか心配し、道を踏み外しそうならばそれを注意し、踏み外してしまったら強く咎めるのだ。

それができるのが、子であり、親であり、親と子の信頼関係である。

国と国民の間に、そのような信頼関係を築けないならば、それは、国が国民を愛しているとはいえないし、国民が国を愛しているとは言えない。

国は、おかしなことをした。

そうだろう?

官僚や役人というのは、自分より偉い人間以外の言うことは聞かない。

また、何の理由もなしに、普段しないことはしない。

国有地の払い下げにおける極端な価格調整や、諸々の便宜。

もし、何の権力もない、権力とのコネクションもない、ただの一市民である「あなた」が、役人に働きかけたところで、同じような配慮や便宜を受けられただろうかといえば、

そんなことはまずあり得ない。

そのあれ得ないことが、森友学園加計学園にはあった。

それは、役人官僚がそうしたからだが、それらを動かすのは「天の声」以外にはあり得ない。

それも、野党にはそんな影響力はない、与党でもペーペーの陣笠議員にはそんな力はない。

与党の、相当な力を持ったもの、政権の中枢が働きかけなければ、省庁の役人が便宜を図り配慮するということはありえない。

だから、

なぜ、そうなったのか、きちんと明白にしなければならない。

だから、「巻き戻して、無かったことにするから、もうこの話はしない」などという、そんな無責任な幕引きはあり得ないのだ。

今、国民一人一人が、

問われている、試されている、秤にかけられている。

「あなた」には、国民として、この問題を追及する責任があるのだ。

それが、国民としての国への責任であり、国への愛なのだ。

■国が土地買い戻しへ=森友から実質1400万円で

(時事通信社 - 03月10日 19:01)

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