元朝日記者が暴露した捏造記事のつくり方平気でウソを撒き散らすエセ言論人の実態

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メディアの役割は事実を公正に伝えることである。自分たちの望ましい方向に世論を誘導することではない。日本のメディアはその点で、十分に成熟していると言えるだろうか。最新刊頼るな、備えよ論戦2017が発売された櫻井よしこ氏が語った。

時代のためと言って平気でウソを撒き散らす大手メディア

世界は大乱世の時代のとば口に立っている。いまや、戦後見慣れてきた国際社会の安寧と秩序が脅かされる危険がある。そのとき、日本を取り巻く国際環境を正確に読み取ることができれば、突破口を開き、問題を乗り越えることもできるだろう。希望的観測や過度の悲観論を横に置いて、内外の事情を虚心坦懐に分析することが欠かせない。

こんな時代だからこそ、メディアの責任は一層重い。印象操作を加えることなく、でき得る限りの公正さで事実を伝える責任のことである。

そこでこんな朝日新聞に誰がした?長谷川熙永栄潔共著/の一読をお勧めする。両氏共に朝日新聞社で、長谷川氏は先に崩壊朝日新聞を上梓し、鮮烈な朝日新聞批判で注目された。永栄氏は嫌味もけれん味も感じさせないやわらかな文章でブンヤ暮らし三十六年草思社新潮ドキュメント賞を受賞している。

両氏の対談を主軸とするこんな朝日では、驚くべきことが暴露されている。週刊朝日編集長の川村二郎氏が某日の朝日に載った海外のスポーツ大会を報ずる記事に疑問を抱いた。君が代がはじまると席を立つ観客が多いと、編集委員が署名入りで報じた記事だ。川村氏があれって、本当かよと尋ねると、氏は答えた。

ウソですよ。だけど、いまの社内の空気を考えたら、ああいうふうに書いておくほうがいいんですよ

永栄氏が明かすもう一つの事実は、昭和631988年、リクルート事件に関する報道だ。朝日は宮沢喜一蔵相当時にも未公開株が渡っていたとスクープし、永栄氏の後輩記者が宮沢氏を追及した。同記者は会見で何を訊かれても、宮沢氏はノーコメントで通し、その数13回に及んだと報じた。

永栄氏はそれにしても13回とはよく数えたなと後輩の突っ込みを褒めた。すると彼は照れてこう言ったというウソに決まってんじゃないすか。死刑台の段数ですよ。

捏造を繰り返す朝日と右翼に屈するなと煽るコア読者

本当にひどい新聞だ。これら朝日の捏造記事に言及しつつ、永栄氏は自身の事例も振り返る。日朝間で問題が起きると、朝鮮学校の女生徒の制服、チマチョゴリが切り裂かれる事件が続いたことがある。そのとき永栄氏の知人がこう語った。

自分の娘を使っての自作自演なんです。娘の親は朝鮮総連在日本朝鮮人総連合会で私の隣にいた男です。北で何かあると、その男の娘らの服が切られる。朝日にしか載らないが、書いている記者も私は知っている

総連関係者の同人物は、この男に、娘さんがかわいそうだと忠告し、自作自演の犯行はもうやめると約束させた。そこで男に会って取材しないかと、永栄氏に持ちかけたのだ。

ところが、氏は提案を即座に断った。書かないことに対する抵抗は幸い薄かったそうだ。読んでいて腹が立った。氏の感覚は、言論人にあるまじき判断だ。永栄氏の芯は朝日の人なのである。

朝日は平成262014年8月、吉田清治氏関連の記事すべての取り消しに追い込まれた。吉田氏とは、自分は軍の命令で朝鮮の済州島などに行って女性たちを強制連行して慰安婦にしたと嘘をついた人物だ。吉田氏の長男は父親は軍に所属したこともないと証言している。

朝日は吉田氏という稀代の詐欺師を持ち上げ、内外に慰安婦強制連行説性奴隷説を広めた。こうした記事のすべてが虚偽だったと朝日は認めて取り消したのだ。

永栄氏はこう書く。

取り消しは不要。右翼に屈するなという激励電話が二本あった

電話の主の二人は朝日が頼りと言ったそうで、櫻井よしこさんや西部邁氏に表現の自由など与えたくないというのが、コアな朝日読者の空気だと、永栄氏は断じている。

こんなコアな読者のなかでもさらにコアな、そういう人たちに占拠されている朝日を、永栄氏は在社中はずうっといい会社だと思っていた本当にいい時代を過ごせたと振り返る。

やれやれ。それにしても、こんな新聞のコアな読者に嫌われることは、言論人の私にとって至上の名誉である。これからも果敢に取材し、朝日の悪を暴いていきたい。

混雑している電車の中で誰がキムチを盗み食いするのでしょうか

それにしても許せないのは朝日新聞です

実際は22件のチマチョゴリ切り裂き事件の件数を124件と報じています

これは朝鮮総連の発表を元にしたものです

警察発表より総連の情報を信用している証左です

この時点で朝鮮日報と揶揄されても仕方ありません

お読み頂き有難うございます。

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お仕事終わり駐車場

帰庫してあの方がデジタコ表を持ってきてくれて、本当はあの方よりも早くデジタコ表を取りに行こうと思ってて、受け取る時に愛想笑いをしなければならないのが嫌でどうしようか?考えつつあの方がデジタコ表を持ってきてやっぱり愛想笑いをしてしまい、それが嫌だと悟られぬよう、距離を取ることをわからぬよう、その場から早く離れようとすぐに点呼出来るように日報を車で仕上げ一目山でその場を退散。シャワーを浴びようとロッカー室に入るとロッカー上に見慣れぬ紙袋がある。気になるが中を見るなんて無粋な事はようしないのでシャワー浴びていつもの様にクールダウンで今ここです。何かといい様に考えがち。自分が好きで仕方がない、オレはアホやとつくづく思う。どうしようもないけどね(´・ω・`)

和菓子屋の息子ヤスハルって、古舘伊知郎

和菓子屋の息子ヤスハルって、古舘伊知郎氏の息子だったのか。今初めて知って驚いた。。

8/10 福島県微温湯温泉(日帰り入浴)

久しぶりの弾丸日帰り福島の旅

これまた久しぶりの山奥で、対向車が来ると一苦労する山道(あっ、いつもあたしは乗ってるだけです笑)をひたすら進んで行きます

終点に着くと、いや〜なんとも時代を感じさせる建物が奥に…

(夏の山は虫だらけなので、ご用心)

日帰り入浴料(一人500円)を払い浴室へ向かう廊下は斜めってる為にちょっと感覚がおかしくなります

浴室へ入ると結構広く、中へ入ってから奥の方に見えたのは蓋を開けて浴槽だったと気づきました

何も調べてなかったのでポリ浴槽と思いきや、ドバドバ出ている温泉はぬる湯もぬる湯でね、交互に入ったり上がり湯で入ったりする為のポリ浴槽でした。

いや、それにしてもぬる湯

さすが番付東の横綱

自分にはぬる過ぎて長湯も出来ず寒くて早々に上がってしまいました

相方が上がって来るまでの間、立ち入り出来る範囲で中を見せて貰い、田舎にいた頃の旧校舎を思い出しちゃいました

折角なので高湯温泉の方も回ってみましたが、日帰り入浴時間が終わってしまってたり休館日だったりで入れませんでした。

福島はどこも閉まり早いかな?

その他の写真は8/10のアルバムを見て下さい

盆雨

暖房が欲しいくらいの盆の夜

8月になって15日間連続の雨って、すさまじい。

北海道はストーブつけているかも知れない。

今日のお言葉

「雨の降る中ようこそおいで下さいました。きっとマリアさまのうれし涙でしょう」

ものすごい詭弁だ。

きっとこの人がうれしかったのだろう。いま気がついた。

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我慢にも限界というものがある

あーもう面倒くせーなあ。。。。。。

いっそ後追いでデキ婚しちゃえよ。

そしたら面倒な人達ブチ切れて一斉にいなくなるからw

ついでに彼に群がるハイエナ達も一斉に手を引くだろうけど仕方なし。

元通り静かになってテニスに集中出来るし私も苛つかないw

あの伏魔殿にそう書き込むのを我慢しただけでも私は偉いなぁと思います。

久しぶりに、本当に久しぶりに覗きに行きました。日頃コメントはしないんだけど(過去一度くらいしかしたこと無い薄情者)今回はどうしても励ましたいと思ったから。

ブログにはたま〜にコメントしてたんですがなくなっちゃったし(思い出しても腹が立つがあいつらのせいで)、アプリの空気って何か苦手で。

だけど今はそんな事言ってられない。

先ず反対してるのはファンの総意のように言われてるのが我慢ならない。

彼もそう感じてるとしたら一大事、そうじゃないぞ、応援してるぞと伝えなきゃいけない。孤立無縁なんかじゃないよと。

でもあのコメント欄はもう閉じた方がいい気がする。

ヤコメとか某巨大掲示板とかは自ら見なけりゃ済むけど、自分のアプリであんな非常識な書き込みされたらたまらんわ。

もう完全に無法地帯じゃないですか。

あんな奴らにいつも応援ありがとうとか言いたくもないだろうに、それを言える彼は本当に人間がデカイなぁ。。

よくよく見たらアホアンチに負けじと注意されてたり正常な状態に戻そうと頑張ってる方達もいますがそんなの無駄です。

だって正常な判断が出来るようならそもそもあんな書き込み恥ずかしくて出来ない、ちょっと嫉妬でイッちゃってます。

もう喉から出かかった言葉(いや書きたかったか)、お前等ちっとは手首の心配しろや!!!です。

(今日は毒づいてます、口が悪くてごめんなさいw)

最近思うこと。

ひょっとしてあいつらの生き霊が邪魔してるんじゃなかろうか。。。

こわい。。。こわいよ。。。。。

10年振りの旅行へ

1泊2日で熊本へ行ってきました

熊本城は修繕工事中でまだ手つかずの場所もあり痛々しい光景が

崩れ落ちた石に番号がうってあってひとつひとつ照合しながら修繕していくのは大変な作業

2030年までかかると言います

2日目に阿蘇山に行ったんですがあいにくの雨

道路や橋が寸断されて未だ復旧出来てない場所もあり迂回路を通っての移動

復興の手伝いとして自分に何が出来るだろうかと考える

やっぱり地元でお金を消費することかなと

旅行中地震があったけど往復1010km無事帰路に着くことが出来ました

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